白い風日記

エコショップ白い風をやりながら、感じたことを書いていきます。

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「心をこめる」

なんかすごく特別なことをしているように聞こえる言葉だけど、じゃあ普段の生活って心がこもってないの?

振り返ってみると

掃除するとき…ここにこんなのが落ちてたら誰かが踏んで痛い思いをするよな

料理するとき…みんなにおいしく食べてもらいたい

運転するとき…誰も怪我をしないように

猫のウンチを捨てる時…猫の健康状態は?

洗濯するとき…このシミがとれないと、次に・・・が着る時イヤだよね。

家庭生活をふつーに行っていたら、機械じゃないんだから、何をする時も心で判断してるよね。たぶん…

それが、相手のことも知らない、自分のことも知られていない、という場で、
自分が生活するために仕方なくやっている仕事をただこなしていたら…

機械人間になってしまうのかも

外資系の銀行で働いているとき思ったこと…番号で処理される顔の見えないお客さんの為にこなす事務仕事に価値が見出せない。その仕事を誰かがしなければ、顔は見えなくても海外の誰かが困るんだから、その仕事にやりがいを見つけて取り組む誰かも必要だけど、私には出来なかった。そして大好きな着物に囲まれて、お客さんに似合う着物を見つけてあげる仕事に就き、自分の居場所を見つけた。「どうしたらお客さんを喜ばせることができるだろうか?」と考えることは、銀行で「どうしたらこの仕事を手際よく終わらせることが出来るのだろうか」と考えるのとは全く違って、すごーく楽しかった。

お産をするとき、痛いとうなっている私のそばで、看護師さんがただ「痛いね」と言ってくれるだけで少し救われた。ほんのひと言、彼女にとってはいつものことで、それ程共感してくれているわけではないのかもしれないけど、「頑張って」じゃなくて「痛いね」という言葉を選んでくれている気がした。心が感じられた。

スーパーできれいに陳列された棚から、テレビコマーシャルで見た商品を手に取り、カゴに入れる。レジでマニュアルどおり「いらっしゃいませ、こんにちは」という言葉をかけられるけど、返す気にはならない。これは心が感じられない場面。

こうしていろいろ思い浮かべてみると…
きっと今は、生きていくにはお金を稼いで物を買わなくてはならないから、仕事=お金≠心の式になってしまっているのかな…
仕事=喜び、という人が増えれば、みんながハッピーになれるのかな。


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